エゾ生活はじまる。
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休学をします

正確には、休学を考えています、という段階です。



昨日先生と6時間対話し、「ひとまず休学する方向で動いて、休学したくなくなったらとりやめる」という結論、めいたもの、に行き着きました。

理由は、「バックレと学習」。
元々、去年の秋ごろから、休学してバイトしてお金貯めていろんなとこ旅行行くの楽しそうだな〜と思ってはいたのですがそこまで大きな憧れでもなかった。
今年に入って、先輩方の卒業作品の制作に間近で触れたり、21歳の誕生日を迎えた日、ある課題のために道ですれ違う人と会話したりする中(誕生日おめでとうのメッセージをもらいました)で、「このまま1年後に卒業するのはやだな」と感じた。
明確な夢はあるのだけど就活もしてないし、する気もないし、ていうか、あと1年で卒業はちょっと早すぎる。私にはまだまだやりたいことがある。
学生だから許されることってたくさんある。道行く人に声をかけたときも「あそこの大学の学生なんですが…」って言ったらひとつ壁がなくなったのを感じた。
せっかく650万(月10万×4年、+利子。びっくりした)もの借金をして大学生するなら最大限その身分を利用したくなって、5年めの学費を払う余裕があるなら休学する理由はきっとないんだけど、余裕がないから、休学して、学生だからこそ学外でできることをやろうと思った。


そんなことも、昨日先生と話すなかで見えてきたものです。本当にお話しできてよかった。
最初はただ逃げたくて休学を考えてた。
いろんなものに追われて、こないだ、光熱費の支払が滞って裁判沙汰になる直前だった、って知ったとき、散らかり放題の自分の部屋を改めて見たとき、自分がまるで「生活」をできていなかったことがショックだった。
今までもよく一人で泣いてたけど、最近誰かと話すとき、すぐ泣きそうになってしまっていてこれはさすがに異常だと、いっぱいいっぱいになっていたことに気付いた。
性格か、他人に頼れなかったり、他人がやるべき仕事もほっておけなかったり、勝手に義務感を覚えてしまったり、何にでも手を出してしまったり、首がまわらなくなってパンクすることは今までに何度もあったのだけど、いよいよ、息を止めれるのもここまでだな、というか。
そんな話しをしたとき、先生が「この一言であなたの人生が左右されるとおもうと緊張するけど、」と前置きして、「バックレちゃいな?」と言ってくれた。
すごく爽快な言葉でした。
いまやってるものをやめる勇気はない、というかやめたいわけじゃない、だけど、大学って一旦離れても戻ってこれる!
不登校児復活を決めたのでした。


小学校のあいだの不登校期間というのはとても貴重なもので得たものは多く、でも友人を失ったのは後悔している。
それがなかったら今わたしはこんな風ではないだろうし、それがいいか悪いかはわからないんだけど。
これは先生にも言われて自分でも気づいていたことなんだけど、私はきっとこのまま卒業してもどうせそのあといろいろやりたくなっちゃう。
だったら学生として身分が保証されてる中で、やれることができるならやったほうがいいだろう。
本当に迷っていたんだけど、今でも迷ってるし、でも来年1年の学生生活の想像が、あんまり楽しくない。その代わり、2014卒の子たちといっしょに卒展図録に載ってるわたしが自然と浮かぶ。


先生と約束したのは、必ず大学を卒業すること。もしタイミングの良い(悪い?)巡り合わせがあって、いま大学やめれば夢が叶うとなったとしても、卒業はすること。
そうなったら確かに自分がどうするかはわかんないんだけど、きっと大丈夫だろうなあとは思ってる。こんな借金までするのだし…(最近お金のことばかり考えてしまう)
学友に会えなくなるのは嫌だし、頻繁に大学には顔を出したい。
けどまだ考えなくちゃいけないことたくさんある気がする。
申請〆切の3月5日まではしっかり考える。


休学もまだ決めてないので、休学して何するかも決めてない。
けど毎日をグウタラに過ごしてしまうのも簡単に想像できるので何か目標は決めたい。
奨学金がストップするから、とりあえず月10万稼げるレベルで働かなくちゃいけないというのが課題としてはあるんだけど…
ただ、たくさんの人と接したいんだ。
道端で知らない人に誕生日を祝ってもらえたのがすごく良い経験になっていて、もっと知らない人と繋がりたいと思った。
誕生日を祝ってもらえたのが嬉しかった!
学校で会った友人や先輩が祝ってくれたり、わざわざ後輩が家に来て祝ってくれたというのが、それ自体は当たり前にあることなのかもしれないけど、ほとんど誰も知らないこの北海道で、自分の力でコミュニティを作れていたことが嬉しくて、他人ともこんなふうに繋がることができるというのが言いようのない幸せだった。
美術も勉強も、このためにあるんだなあ、してきたんだなあと思った。
そうやって21年ものあいだ生きてくることができた自分が嬉しかった。


2年の4月から教育サークルをはじめて、一年前から個別指導塾のバイトをはじめて、去年の暮れから無料塾をはじめて、、わたしはこれがやりたい!!!という気持ちが強くなっていった。
中身的には学童保育のようなものなのだと思う。
学校とも家庭とも違う第三の場所、こどもたちの世界をひろげられる場所になったらいい。
勉強も教えたいし、一緒に料理もしたいし、スポーツやってもいいし、いちばんしたいのは動物とすごすことなんだけど。だからいまはこの夢を学童牧場と名付けている。
わたしだからこどもたちにあげられるものがある。それはここからもっと増やしたい。そしてきっと、というか絶対、こどもたちからたくさんのことがもらえる。
そこから世界は変わるんじゃないかって思っている。
来年わたしにできることってなんだろう?
いま、自分のエネルギーが驚くほど外に向いてるのを感じる。
休学、輝いてる〜〜〜〜




以上、
覚書き、また家族・友人への念書代わりに。

3月5日に、まるで逆のことを言っていたらごめんなさい。
話したいことがたくさんあります。


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